坪田譲治の童話は難しい

2018年08月04日 06:59



坪田譲治は、良く知られているように小川未明、濱田廣介と並ぶ童話作家だ。
善太と三平という兄弟がよく主人公として登場する。
子供のころ、兄弟がいなかった私は羨ましく思いながら彼らの冒険譚を楽しんだ。

しかし私が小学生の頃、父は坪田譲治は難しいと言っていた。

あんな面白いお話の何処が?


もう一度、坪田譲治を読み返してみた。

坪田譲治は太宰や芥川よりずっと年上なのに、長生きしたので青空文庫のような著作権の切れた作品を集めたサイトで読む事ができない。
かといって全集は入手困難だし、結局新潮文庫の「坪田譲治童話集」「子供の四季」「風の中の子供」(「お化けの世界」を含む)位しか手にはいらなかった。
これ以外の作品集はどれもこれも同じような作品しか収録されていない。


「坪田譲治童話集」の巻頭の正太を描いた2編「正太樹をめぐる」「枝にかかった金輪」で、おやっと思った。
正太という子供が金輪で遊んだり母親に甘えている様子が描かれるのだが、
最後の節ではいきなり正太は死んでいて、母親が正太の事を回想するシーンに飛んでしまう。
これは子供に読ませる童話か?

語り口調は、善太と三平が 「ライオンと大蛇ではどちらが強い」と口論し、取っ組み合いになるのと全く同じ子供の言葉なのだが。

更に「風の中の子供」や「お化けの世界」、「子供の四季」の中長編になると、会社の倒産、詐欺事件といった大人の事件に善太と三平が巻き込まれる。


坪田譲治の作品は童話と小説の区別がなされていないのだ。
未明や廣介と違って読者は子供だけではなく、元子供だった大人も含まれる。
子供の時には?だった所が、大人になって読み返せば腑に落ちるかもしれない。
それでいて、今はもう心の中にしか残っていない、自然や社会、子供達が描かれている。


子供の時は子供の童話として読み、大人になれば大人の童話として昔懐かしい世界がある。
それが坪田譲治だった。


半世紀以上前の父の言葉がやっと分かった気がする。



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