チャイコフスキー交響曲聴き比べ(5)〜第5番〜ヴァント、バーンスタイン、ムラヴィンスキー、メンゲルベルク、モントゥー、インバル

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    かずさん
    「第5番」

    ヴァント/北ドイツ放送管弦楽団
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    1994年デジタルライブ録音
    あのヴァントのチャイコフスキー、さぞかし剛直なと思っていたが、意外と柔軟だった。勿論、憂いとか激情といった要素は無い。過剰な表情付けやテンポの揺れもない。カッチリとした構成の上に泰然自若と流れてくるヴァントのチャイコフスキーだった。


    バーンスタイン/ニューヨークフィル
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    1988年デジタル録音
    出だしからダイナミックで起伏の激しいバーンスタインのチャイコフスキーが溢れ出て来る。テンポは曲想に合せて自在に変化する。ロシア人指揮者がやるよりロシアらしい。バーンスタインの特徴はマーラーよりチャイコフスキーに強く出ている。激しさの反面ナイーブな美しさも持つこのメロドラマ性にハマると抜けられない。没入感たっぷりの演奏は52分40秒と長い。


    ムラヴィンスキー/レニングラードフィル~その1
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    1972年アナログライブ録音
    本命中の本命の演奏だがイマイチノリが悪い。4楽章の展開部のあと、全楽章の主題からクライマックスが始まった頃、やっと目が覚めたような颯爽とした演奏になりコーダに至る。こんなものか?
    しかしこの後に入っている「ジークフリートの葬送行進曲」や「ワルキューレの騎行」を聴くと、このコンビの力の凄まじさはこんなモノでは無い事が分かる。


    ムラヴィンスキー/レニングラードフィル~その2
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    1983年デジタルライブ録音
    同じコンビの同一曲2枚目、11年後のデジタルライブ。
    御歳80歳だが、此方の方が前へ前へという推進力が強い。録音でも楽器の音分離が段違いで、オケの見通しが良い。表情の木目細かさで勝り、ブラスやティンパニが鳴り渡る。演奏時間は各楽章ともほぼ同じだが、テンポはより速く力強いように聴こえる。

    このライブはレニングラードフィル創立100年記念で、この後は体調が悪く5年後に亡くなっている。


    ムラヴィンスキー/レニングラードフィル~その3
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    1960年アナログ録音
    4-6番セットの内
    同じコンビの同一曲3枚目。此れ迄で最も古い1録音だが、セッション録音らしく重々しく始まる音は意外と良い。メロディアでなくグラモフォン録音だからだろう。
    重く暗い。劇的な激しさはあるがチャイコフスキーらしい叙情性がない。ロンドンかウィーンでの録音だが「鉄のカーテン」の向こうでやっているかのようだ。
    セット内の第4番と同じ印象。


    セル/クリーブランド管弦楽団
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    1959年アナログ録音
    ヴァント、ムラヴィンスキーと聴いてくると、セルが自由自在に指揮しているように聞こえてくる。
    2楽章では強い行進曲風の強いパッセージがあったかと思うと、ホルンのゆったりとした響きに変わり、それが低弦に伝わり、さらきクライマックスへと発展していく。遅いパッセージではチャイコフスキーらしい仄暗い叙情性も感じられる。


    メンゲルベルク/コンセルトヘボウ
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    1928年電気録音板起こし
    「この音、このテンポ、迫力、ダイナミズム、生涯忘れる事の出来ないもの凄い演奏」
    出て来る音から、現代の技術で録音した音を頭の中で妄想したらこうなる。

    何も無ければ想像すら出来ないが、現実は、楽音より先にサーフェスノイズが飛び出して来る。強打で音は割れる。全体としては聴くに耐える音ではあるが、1928年のSP盤ではオーパス蔵と謂えども如何ともしがたい。

    戦後音楽活動を禁止され、禁が解ける1年前に亡くなったのでフルトヴェンクラーのように戦後の録音がない。ソリストなら私的録音が残ったかも知れないが。

    モントゥー/ロンドン交響楽団
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    1963年アナログライブ録音
    モントゥー最晩年の六。チャイコフスキーらしからぬチャイコフスキーで、激情的にブラスや打楽器を強奏することもなく、弦が悲劇的にメロディーを強調する事もない。かといってザッハリッヒな演奏では決してない。アゴーギクはあるがしつこくない。
    ひとことで言えば「優美」。
    慌てず騒がずユニークにして上質なチャイコフスキーだ。

    インバル/フランクフルト放送交響楽団
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    1989年デジタル録音
    マーラーの交響曲全集で一躍有名になったコンビが、ワンポイントマイクでチャイコフスキーを演った。デンオンの透明感の強い「PCM録音」でオケが揺れの大きな演奏をするが、粗れる事は無く隅々まで奇麗に録れている。インバルもチャイコフスキーにのめり込んだ様な情感たっぷりの指揮で、50分近い演奏時間を取っている。


    チャイコフスキー交響曲聴き比べ(4)〜第4番〜スヴェトラーノフ、ゲルギエフ、パイタ、オールソップ、バーンスタイン、ロジェストヴェンスキー、セル、小沢

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    かずさん
    「第4番」

    スヴェトラーノフ/ソビエト国立交響楽団
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    1990年デジタルライブ録音(サントリーホール)
    4-6番シリーズの内
    ブラスとティンパニが吠える何時ものスヴェトラーノフ、確かに凄まじいエネルギーだが、此れ迄のように煩さを感じない。弦を含めてソフト、クリアーに捉えられている。
    ポニーキャニオンが録音していた。ポニーといえばフジサンケイグループのポップスの老舗というイメージだが、クラシックに乗り出していた時期もあったのか。

    ノリの良い演奏で2,3楽章はアッサリ済ませて、4楽章で再びブラスとティンパニの饗宴になる。煩くないのでクレシェンドされても気にならない。

    で、楽章の終焉になって最後の一音が響き終る前に万雷の拍手。我先にと競争でやる。
    これやるのは日本だけ。大概指揮者がタクトを降ろすまでは待つ。本当に会場を大興奮させる事もあるだろうが、毎度毎度そんな演奏がある訳がない。

    ゲルギエフ/ウィーンフィル
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    2002年デジタルライブ録音
    4-6番シリーズの内
    風貌と違って丁寧で緻密な演奏で、スヴェトラーノフの爆演とは正反対。ロシアものという曲のイメージさえ希薄にしてしまう。天下のウィーンフィルが演るから様になっているとさえ思えてくる。
    2.3楽章の叙情性、弦や木管の美しさに耳がいく。


    パイタ/モスクワ新ロシアフィル
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    1994年デジタル録音
    アルゼンチンの大金持ちのお坊ちゃまが、放蕩の代わりに録音会社を造り、自前のオケで録音した。
    フルトヴェングラーに傾倒したというが、似ても似つかない破茶滅茶のやりたい放題。チャイコフスキーはお似合いだが、フルトヴェングラーがあの世で怒っている。
    ブラスとティンパニ・大太鼓、シンバルが大活躍するのは当然、弦までも負けじと音量を上げる。スヴェトラーノフの爆演と違う所は明るい事。暗さの無いチャイコフスキーだ。ここまでやって呉れると、こちらも吹っ切れて痛快だ。

    併録の「イタリア奇想曲」と「ロメオとジュリエット」は更に輪をかけて面白い。全編出血大サービスの猛爆演。

    名が出なくなったなと思っていたら、2015年に亡くなっていた。


    オールソップ/コロラド交響楽団
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    2000年デジタルライブ録音
    NAXOSから出ているオールソップ指揮の4枚セットの1枚。今や女性指揮者という冠なしで通用するメジャーな指揮者だ。
    マンハッタン生まれのNYっ子でバーンスタインに師事という事からか、近現代曲が多いがチャイコフスキーやブラームスもある。

    この第4番は粘りっこい。良く聴いてみるとチェロがいつも聞こえている。それが音を分厚くすると共に力強さや躍動感を与えている。3楽章のピチカートでは特に際立っている。4楽章ではそれ迄貯めていたエネルギーを一挙に吐き出す。
    哀愁感の無いユニークなチャイコフスキーだ。


    バーンスタイン/ニューヨークフィル
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    1989年デジタル録音
    バーンスタインの最晩年に録音されたチャイコフスキーの交響曲後期3曲の1枚。
    出だしのブラスの斉奏がまともに正面に向けられてビックリした。この1楽章が21分15秒と遅い。全曲も50分近くかけている。最後の最後で総てを表出しているかのようだ。途中のクライマックスに向かう際もクレシェンドはあっても、テンボアップはない。腹の底から音楽を搾り打すかのような重い重い第4番だ。ブラスとティンパニの激しさはスヴェトラーノフを凌ぐ。

    同時期録音、併録の「フランチェスカ・ダ・リミニ」も同じような傾向。激しさ、重さが高揚とは逆に暗い淵へ沈ませていく。


    ロジェストヴェンスキー/ロンドン交響楽団
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    1987年デジタル録音
    LP盤から15年後、オケはロシアからロンドン響に変わっている。デジタル録音で透明感が増し、ブラス音の切れが良くなっている。テンポの変化は少ないが、強弱の変化は大きい。両端楽章ではブラスが煩さい程大きく、派手な演奏で1971年のLP全集盤の方が良かった。併録の「スラブ行進曲」も同じスタイルだった。
    「1812年序曲」の方は良かったが、こちらは同じ爆演系のアーノロヴィッチの指揮だった。


    セル/ロンドン交響楽団
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    1958年アナログ録音
    セルがこれ程起伏が大きい演奏をするは。
    ロンドン交響楽団はクリーブランド管弦楽団より柔軟に反応していて、ブラスも伸び伸びと鳴っている。とはいえアナログ録音なのでデジタルの劈くような音にはなっていない。ステレオ初期のデッカの名録音だ。


    小沢/パリ管
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    1970年アナログ録音
    パリ管弦楽団がコンセルヴァトアールを解散して、大幅にメンバーを入れ替えて出来てまだ3年。しかも1968年に常任であったミュンシュが亡くなりオケの性格が固まっていない。小沢は35歳。3年後にはアメリカの当時の5大オーケストラ、ボストン響に招かれ以後30年音楽監督を続ける。共に気鋭のオケ、指揮者がぶつかった第4交響曲である。
    ブラスが鳴り渡る激しい演奏だが、列してウケを狙ったのではない。両者の意思がぶつかり合って互いに乱れながら戦っている。弦はアインザッツがとれていない。それでも1人1人が小沢のタクトに食らいついていこうとしている。パリ管と小沢という一見混じり合わない組み合わせが、熱い熱い演奏を繰り広げている。



    チェリビダッケのエグモント

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    かずさん
    チェリビダッケって何時からこんなスタイルになったのだろう。
    最初から?
    チェリビダッケを知ったのは、大学祭(半世紀も前)の催しでベルリンフィルの映画をやっていた。その中で戦後まもなくチェリビダッケがベルリンフィルの立て直しを依頼された。廃墟と化したベルリンの瓦礫の山の中でベルリンフィルを振る若きチェリビダッケの姿は脳裏に焼き付けられた。
    確かあのサントラ盤があってその曲、エグモントだったと思う、名演奏だった、が入っていた。LPの山を探したら・・・・あった。

    タイトルは「ベルリンフィルハーモニー物語。
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    殆どフルトヴェングラーだったが、チェリピダッケの「エグモント」とニキシュの「コりオラン」が入っていた。

    そのエグモントは・・・・・今のスローぺーではなかった。そして感動的な音楽だった。あの時の感動は廃墟という背景で造られたものではなかった。
    本当にチェリビダッケの演奏かという疑念はある。しかし1945年からベルリンフィルのトレーナーとして、1954年にフルトヴェングラーが死去するまで400回もベルリンフィルを振ってきた(厳しすぎて嫌われたが)。録音する機会はいくらでもあった。


    次はあの映像を、もう一度見てみたい。
    BR-Dのストックを探していたら、2010年に放送された「帝国のオーケストラ」というドキャメンタリーの中に、チェリビダッケが指揮しているあの映画の1シーンが挿入されていた。
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    確かにあの映画の演奏だった。

    チャイコフスキー交響曲聴き比べ(3)〜第4番〜ベーム、マルケヴィッチ、ムラヴィンスキー、バルビローリ、チェリビダッケ、カラヤン

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    かずさん
    「第4番」

    ベーム/ロンドン交響楽団
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    1977年録音
    4〜6番のセットの内
    ベームとチャイコフスキーというミスマッチに興味が湧いて買った。

    1楽章でブラスは良く鳴るは、強弱の起伏は大きく、アッチェルランドがかかるは、黙って聴けばとてもベームとは思いつかない。
    しかし2楽章からはテンポの遅いのが馬脚を露す。4楽章冒頭で強烈な勢いよくで出て来る第1主題もオケの音量が上がるだけて、相変わらず楽譜通りの緩目のテンポが続く。
    ここで独墺系の指揮者である事がバレてしまう。
    そしてここまで徹底するのは・・・ベームしかいない。
    コーダでは流石に盛り上げるが、どうせなら一挙にテンポも上げて欲しかった。


    ベーム/チェコフィル
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    1971年アナログライブ録音
    ベームの4番には、もう1枚別の録音があった。
    ギレリスとの「皇帝」で、2枚セットなっている。
    こういうカップリングは置場に困る。ベートーヴェンに入れればチャイコフスキーは探せないし、チャイコフスキーに入れれば皇帝が出て来ない。ベームという演奏者別の棚が出来れば良いが、然程ベームに関心がある訳でもないので数が少ない。

    いきなりホルンの大音量に驚かされる。
    ライブだが音の輪廓がハッキリしている。
    多少音の重心が高いが、ライブでは仕方が無い。
    そしてベームがロンドンフィルの時と全然違って燃えている。そうそうベームはスタジオ録音とライブ録音とで大きく変わる指揮者だった。
    怒涛のような1楽章はロンドンフィルより1分半早かった。
    退屈だった2楽章もメリハリが付いてテンポも楽想で変化する。オケの見通しがよくて各楽器の音の分離も良い。
    3楽章のピチカートの美しい事。弦が響きあっている。ピチカートがピアニシモで消えるように終り、ティンパニの強打で4楽章が始まる。ブラスの咆哮と素朴なメロディーが交互に現れた後、コーダに向かって突き進む。

    あのベームがライブではこんなにノリノリの演奏をしていた。


    マルケヴィッチ/ロンドン交響楽団
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    1963年アナログ録音
    4-6番セットの内
    LP時代に名盤と評価の高かった録音だ。フィリップスが録音している。
    フィリップス、グラモフォン、デッカとそれぞれのカンパニードンがあって、デッカは凄く良い録音なのだが安物の装置では上手く鳴らない。フィリップスはとんな装置でも甘く滑らかなトーンで鳴ってくれた。

    マルケヴィッチの指揮は奇を衒う所がないが、次に何が起こるか常に期待させてくれる。
    聴衆として一瞬たりとも気が抜けない。
    かといって緊張させるのようなものでもない。
    意図的なアッチェレランドも、ブラスの咆哮やティンパニの剛打もない。それでいて耳を引き寄せられる。

    チャイコフスキーがフォン・メック夫人に『あなたに-あなたにだけこの全曲と各楽章の意味を言おうと思います』とこの曲の説明をしている。長いものなのなので言葉だけ抜き出す。
    1楽章
    『運命はわれわれを残酷に呼び覚まします。われわれの生活は悩ましい現実と、幸福な夢の交錯に過ぎないのです』
    これは曲想の波を旨く言い表している。
    2楽章
    『ここにあらわさられるのは、仕事に疲れ果てた者が、夜半ただひとり家の中に座っているとき彼を包む憂鬱な感情です。』
    3楽章
    『空想を勝手気ままに走らせると、素晴らしい線の交錯による画面が楽しまれます(中略)それらは訳の分からぬ混乱したデタラメです。』
    4楽章
    『人々がどんなに生を楽しみ、歓楽に身を打ち込むかを見るが良い。民衆の祭り日の描写。』
    (以上「名曲解説全集」堀内敬三氏楽曲解説から引用)
    チャイコフスキーが自分の曲をどう捉えていたのか覗える。


    ムラヴィンスキー/レニングラードフィル
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    1960年録音
    4-6番セットの内
    ロシアのオケの音は鉄のように硬くて重い。これはメロディア録音によるものだと思っていたが、この録音はロンドンでグラモフォンが行っている。オケそのものの音だった。
    最初から荘重な音だ。テンポが遅いのではない。4楽章は8分を切っている。
    この重々しさは何だ。
    まるでショスタコービッチのようだ。
    オケのメンバーも決してミスしまいと緊張している。
    ムラヴィンスキーは完全主義者で鉄の統制が敷かれていたというが、本当のようだ。
    両端楽章はそれでも良いとして、2、3楽章まで同じ調子なのはどうしたものか。チャイコフスキーの叙情性が出て来ない。
    それでも交響曲として成り立っているのはムラヴィンスキーの力量か。


    バルビローリ/ハレ管弦楽団
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    1957年録音
    4-6番セットの内
    1楽章の前半はティンパニが叩きまくり。ティンパニ協奏曲だ。それが終るとバルビローリの無茶振り。激しく速いタクトによくオケが付いて行っている。そしてコーダではまたまたティンパニが・・・。
    こうなると最終楽章でも・・・・やはりティンパニが・・・・4楽章はティンパニの猛烈な一撃で始まる。バシッと潰れた音で皮が破れたのか思ったが、その後もシンバルと共にリズム隊が最前線に立つ。
    こんなにティンパニが大きいのはハレ管弦楽団の規模が小さいからか?
    バルビローリの変幻自在のタクトとティンパニが面白い演奏だった。


    チェリビダッケ/ミュンヘンフィル
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    1993年デジタルライブ録音
    4-6番セットの内
    遅いのは解っていた。普通40分そこそこのこの曲を54分かけて演るのだから。
    それでも、弱音のティンパニが遅いテンポで続くと葬送行進曲のようだ。
    終楽章のコーダで漸くテンポが上がるがそれでも遅い。
    ゆっくりとしたクレシェンドでアッチェレランドがかかると、普通なら聴き飛ばして仕舞うような音が1音1音耳に届く。それが感動に鳴っていく。何時ものパターンだが、何時も載せられてしまう。


    カラヤン/ベルリン・フィル
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    1971年アナログ録音
    4-6番セットの内

    カラヤン/ウィーンフィル
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    1984年/デジタル録音
    4-6番シリーズの内


    カラヤンとベルリンフィルは60年代に2回、EMIとグラモフォンこの曲を録音し、更に70年代にもこのEMI盤の後グラモフォンで録音している。10年おきに同じ曲を同じ指揮者とオケで英・独のメジャーレーべルで録るなんて事はカラヤンでないと出来ない。
    そして80年代のデジタルではウィーンフィルで録音している。
    ベルリンフィルでなかったのはマイヤー事件でカラヤンとベルリンフィルの仲がギクシャクしていたからだろう。

    カラヤンの絶頂期は60~70年代で、どれを取っても聴き応えのある録音だろうが、84年盤は「晩年」と言わざるを得ない。

    冒頭のホルンの強奏でもベルリンフィルとウィーンフィルではエネルギーが違う。ベルリンフィルのは溜に溜めた呼吸を指揮者の一閃で一挙に吐き出す感があるが、ウィーンフィルは棒を見て普通に吹いているというように聞こえる。
    ベルリンフィルに負けず劣らず名手揃いのウィーンの事、何時も手綱を引き締めている必要は無い。

    しかし、この後も71年盤ではカラヤンが強弱や間合いで賢明に「演出」しようとしているのに対し、84年では「細かいことは任した」感が否めない。
    3楽章から4楽章への渡りでも、71年では3楽章で音を絞りに絞って、4楽章冒頭のティンパニとシンバルの強奏を際立てようとするが、84年ではあれっと思う程簡単に繋がってしまう。

    1954年にチェリビダッケの、フルトヴェングラーの後を継いで首席指揮者になるという夢を奪い、首席でなく終身首席指揮者兼芸術総監督の座を奪い取ったカラヤン。以来30年もヨーロッパの音楽界を支配してきたが遂に老いが訪れていた。



    チャイコフスキー交響曲聴き比べ(2)〜第4番〜ロストロポービッチ、ロジェストヴェンスキー、ストコフスキー、マゼール、メンゲルベルク、フルトヴェングラー

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    かずさん
    「第4番 LP」

    ロストロポービッチ/ロンドンフィル
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    1977年録音 
    4〜6番シリーズの内
    1877年にチェイコフスキーは28才の音楽院の女生徒と結婚した。
    『ところが全然卑俗な女で、チャイコフスキーの芸術に対する理解などは少しも無い。』(堀内敬三氏「名曲解説全集」)
    『突如として音楽学校の生徒と結婚して、その卑俗な女の情熱に不幸な悩みを感じていた時に作曲した』((村田武雄氏「チャイコフスキー交響曲全集解説」)
    この記述は怪しい。
    28才の女と36才の男が1ヶ月で別居、再び同棲したが男はモスクワ川に腰まで浸かって凍死を企てるなんて。
    妻が「卑俗な女」と書かれているがそれはセックスの事だったのではないか。
    音楽論壇の重鎮の立場ではハッキリと言えなかったのだろうか。このレコードの解説を書いている萩原昭彦氏は、チャイコフスキーは同性愛者だったと書いている。

    1楽章は「事件」の間に完成し、翌78年に全曲が完成して、友人でありモスクワ音楽院の同僚でもあるニコライ・ルービンシュタインの指揮で初演された。
    精神的に不安定な時期にもかかわらずその痕跡は全く見当たらない。
    暗いのはロシア音楽共通の特徴だし、マーラーのような鬱の方へは行っていない。
    同じ時期に始まったフォン・メック夫人からの「年金」で経済的に余裕があったからかも知れない。

    1楽章冒頭からホルンとファゴットに印象的な激しい主題が奏される。この主題は以後の楽章にも現れ、楽章間の一体感を作っている。
    チャイコフスキーの交響曲で最も華麗な曲であり、両端楽章でブラスが鳴り渡る。
    .それは耳をつんざくようなモノでは無く、心地よく歌っている。
    ブラスばかりで無くも弦も木管もよく歌う。
    ロストロボービッチがチェロをオケに持ち替えたようだ。


    ロジェストヴェンスキー/モスクワ放送交響楽団

    1971年録音
    第1~3番で聴いたセットの後半だ。
    ロジェストヴェンスキーはロシア人指揮者だが、ブラスやティンパニを派手に鳴らすような事はしない。
    4番でもバランスの良い音造りをしている。
    開放的なロストロボービッチと比べるとやや暗めというか、カッチリした演奏に聞こえる。メロディア原盤だからだろうか。
    この曲は1楽章が他の楽章に比べて長い。ロストロボービッチ盤では両面に2楽章ずつ録っているが、ロジェストヴェンスキー盤では1楽章で一面とり、2-4楽章を同じ面にしている。音量の大きい最終楽章が少し窮屈に聞こえる。
    それで余り聴かなかったのだろうか、全くノイズの無い新品のような音だった。


    ストコフスキー/アメリカ交響楽団
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    1971年録音
    このレコードも余り聴いた痕跡がない。その理由は直ぐに解った。ストコフスキーが手を入れ過ぎ。特定の拍を伸ばしたり、不自然にスピードを落とす。また4楽章のコーダでは物凄いアッチェルランドをかけている。 
    やり過ぎて面白くない。

    余白に入っていたスクリャービンのピアノ練習曲の編曲がよかった。哀調をたたえたシベリウスの小品を聴いてるようで、ハープや鐘が入りオリジナル曲のように聴こえる。


    マゼール/クリーブランドオーケストラ
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    1979年デジタル録音
    CDが1982年に発売される以前のデジタル録音。その頃はそれまでのLPより音の輪郭がハッキリ出ているという印象だった。録音からマスタリングまでデジタルで行われて音が濁らなくなった為だろう。

    セルに鍛えられたクリーブランドは、マゼールの早目のテンポを悠々と弾きこなしている。
    ピチカートが続く3楽章が美しい。

    テラークはデジタル録音した高音質LPで人気が高かった。特にカンゼル指揮シンシナティ交響楽団でチャイコフスキーの1812年序曲は大砲の実射音が大振幅で入っており、トレース出ないカートリッジが相次いだ。
    この録音でも最終楽章のコーダでクレシェンドする音が、全く濁らないで聞こえる。

    「CD」

    メンゲルベルク/コンセルトヘボウ
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    1938年モノラル録音
    「オーパス蔵」でSP盤から板起こしされたものだ。
    聴き始めはノイズの無さに驚いた。
    ノイズは少ないが大音量で音が割れる盤と音が割れないがノイズの多い盤を使い分けたそうだ。両端楽章を後者、中間楽章を前者に使ったのだろう。

    メンゲルベルクはストコフスキー以上に「編曲」する。しかしこの録音では目立たない。演奏もこの1回しか記録が残っていないようなので、素のままで演っている部分が多いのでは無いだろうか。
    それに始めは良いが聴き続ける内に耳がノイズで疲れてきて、聴き分けるのに飽いて来るようになる。
    それでも終楽章のコーダでアッチェルランドがそのまま歪まずに入っているのには感心した。SPでもここまで入っていたのか。


    ストコフスキー/NBC交響楽団

    1941年モノラル録音
    41年トスカニーニが突然辞任し、ストコフスキーが招かれた。翌年にはトスカニーニが帰任したので、2巨頭が並ぶ珍しい時代になった。
    1楽章の主題提示部から手が入れられて、少し焦らす様にしてメロディーが出て来る。その後も少し押しては引くようなアゴーギクが繰り返され、ストレートなクレシェンドにならない。ブラスやティンパニが入ると揺れは激しくなり、圧倒的な音量になった所で楽章が終る。
    3楽章のピチカートが不自然に大きな音で入っている。ストコフスキーの意向だろう。音楽の輪廓はハッキリする。当時のラジオの性能を考慮したのか。
    4楽章は物凄いスピードで始まるが、2度ブレーキが掛かって普通のスピードに戻る。コーダもアクセルを踏んだりブレーキをかけたりする内に、物凄いアッチェルランドが掛かってあっと言う間に終る。

    ストコフスキーに翻弄されて疲れる第4番だが、トスカニーニは4番と5番は演らなかったからNBCにとっては貴重な音源くだっただろう。


    フルトヴェングラー/ウィーンフィル
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    1951年モノラル録音

    この曲のフルトヴェングラー唯一の録音。フルトヴェングラーの録音の中では音は良い。ノイズ除去されたものだろうが、楽音は新鮮だ。ただ楽章によって音が変わる。
    ピチカートの3楽章は特に生々しい。

    1楽章冒頭からフルトヴェングラーに飲み込まれる。ヴァイオリンで提示される第1主題を弦が修飾して行くが、そのテンポが僅かに遅れる。楽譜を弄ってどうこうしてる訳では無いのに、これだけの事で演奏の緊張感が押し寄せて来てその興奮と同調してしまう。
    展開部では全開のトランペットに耳が引き寄せられる。
    4楽章コーダのアッチェルランドでは絶妙に変化するテンポにのめり込んで行ってしまう。
    「フルベン節」と言ってしまえば其れまでだが、一旦このテイストに魅了されるとフルベンから抜け出せなくなってしまう。

    チャイコフスキー交響曲聴き比べ(1)〜第1ー3番〜ロストロポービッチ、カラヤン、ロジェストヴェンスキー、

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    かずさん
    「シェラザード追加」
    シェラザードで入っていなかったロストロポービッチのLPを発見。追加した。

    ロストロポービッチ/パリ管弦楽団
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    1974年録音
    ロストロポービッチのチェロはどんな重いパッセージでも軽々と鳴る。指揮でもそれをオケに要求しているかのようで、速いクレシェンド、アッチェレランドでパリ管をドライブする。
    コンマスのソロで聴かせるシェラザードのテーマは割とアッサリ弾かれて、シュヴァルベの情緒纏綿という程でもない。
    アナログ最盛期の録音で楽器音の分離や定位が良く、音に透明感がある。
    チェロ演奏だけでなく、指揮した音源も残して欲しいものだ。


    「チャイコフスキー交響曲」

    第1番~第3番
    セットは2種類しか無い。
    ロジェストヴェンスキー/モスクワ放送交響楽団 交響曲全集LP6枚組の内
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    1972年録音

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    懐かしいニッパー君だがRCAの録音ではなくメロディア原盤。

    カラヤン/ベルリン・フィル CD2枚組
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    1979年アナログ録音

    第1番「陰気な土地、霧の土地」
    2楽章ではロシアらしいメロディーが何度も何度も繰り返し出て来る。
    ブラスを高らかに鳴らすチャイコフスキーらしさが既に見られる。
    4楽章フィナーレはブラスとティンパニのロシア型の典型的なスタイル

    第2番「小ロシア」
    小ロシアはウクライナを指す。1楽章と4楽章にウクライナ民謡が用いられている。
    4楽章ではティンパニ連打の後にテーマが現れる。そのウクライナ民謡のテーマはブラスに支えられて拡大していく。テーマはベートーヴェンの運命の動機の如く執拗に繰り返され、コーダでは全楽器が強奏し巨大な塊となって終る。

    第3番「ポーランド」
    6曲の交響曲中唯一の長調の曲だが、3楽章は短調でロシア風の哀調を帯びた曲想。


    カラヤンとロジェストヴェンスキーを比べると、カラヤンの方が強弱の表情をハッキリと付けている。
    第3番の1楽章では長い序奏の後にトゥッティで第1主題を弾くが、カラヤンのは音量が小さくてボリュームを上げていたら、後で凄い音になった。対してロジェストヴェンスキーは、序奏部と第1主題からの主題提示部とで音量に差が少ない。序奏部が長すぎるので弱音で弾いていたら聴衆が飽きると考えたのか。どちらが楽譜に忠実だったのか。

    配信か放送か〜U-NEXTで見る大河ドラマ「平清盛」

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    かずさん
    10年前に「平清盛」という大河ドラマが放送された。
    「鎌倉殿の13人」の一世代前、頼朝の父義朝と清盛それに後白河法皇を中心に展開する。
    清盛というダーティなイメージで本編は見なかったが、後で総集編を見ると面白そうだった。
    再放送を待ったが、視聴率が惡かったのか一向に出てこない。

    U-NEXTが11月末までの予定で配信している。31日間無料と言うので使ってみた。
    テレビをLANを繋いだが、登録・ログインが出来ない。ここ数年の新しいテレビでないとダメなようだ。PCで受信してHDMI出力でテレビに繋いだ。
    ソースはNHKオンデマンド(有料)なのでU-NEXT経由でNHKオンデマンドを見る事になる。

    ドラマはバックの音楽も含めて少し重目で、見応えがあり、期待以上に面白かった。後1/3は「鎌倉殿の13人」の前半と被っており、同一の歴史的出来事が別々の視点から見られて興味深い。あんな野生児の政子は前代未聞だ。今ならツィッターで大騒ぎだろう。
    大河ドラマ50周年という事でセットも種類・規模ともに今より大きく、金がかかっている。金持ちNHKならではで、民放には真似ができない。
    50回分4、5日で見てしまった。

    配信は電源ONの度にID、PASSを入れる必要もなく、途中で止めても次回はその続きから始まるレジューム機能があり、使い勝手は良い。
    画質はフルHD。
    なるほどチューナレスのテレビが売れるはずだ。
    ニュースはスマホで見て、民放はTverで事足りる。
    ベルリンフィルの新しいコンサートさえ配信で見られる。
    後はコンテンツ次第。


    放送は録画できるが配信はダウンロードできない。しかし最近はコンテンツが薄くなってきて、残して置きたいと思うような放送が少ない。
    人も、物も、何もかも使い捨てで良い時代になったのか。
    振り返ればオープンリール、ビデオデッキ、ブルーレイと放送漬だったのだが。