永年勤続表彰

    2019年01月16日 08:28

    初稿2014/3/8

    einens.jpg

    息子の会社から10年の勤続表彰記念品が届いた。
    休職中なのに有難い事だ。

    中身は旅行券。
    妻帯者なら、奥さん孝行してやれという所だろうか。
    本人が使える事があれば、こんな嬉しい事はないが。



    ステロイド

    2019年01月15日 07:49

    初稿2014/3/4

    帰ってきてからは、気分も良いし、驚くほど食欲が出ている。

    昨日の午前中にステロイドが投与されたそうだから、その所為だろう。


    吐き気止めにメジャー・トランキライザーを使ったり、
    パニックによる腕の震えに、むずむず脚症候群用の薬を使ったりと、

    流石に腫瘍内科ともなると、症状の緩和の為にいろいろ手を打ってくれる。



    ダカルバジンの副作用

    2019年01月14日 07:23

    初稿2014/3/3

    幸い、点滴の初日に個室に移れた。

    吐き気止め等は自室でやるが、光分解性のダカルバジンをする時は窓のない処置室へ移った。
    それでも血管痛が起こり、点滴速度を5分から15分に伸ばして貰ったという。

    口腔炎があったものの、これくらいで済めばと思ったが、甘かった。

    3日目の点滴後に強い吐き気がでてきた。
    吐き気止めを飲んでも止まらない。
    気力が失せ、夜も眠れず、ベッドで仰向けになったまま物も言わない。

    その上足の痛みが強くなり、暫く出番のなかったオキノーム散を飲まざる得なくなった。
    酷い痛みの仙骨切除手術からまだ一月程しか経っていないのに!

    それで、とうとうパニックの発作が出てしまった。

    5日目の点滴は出来なかった。


    これ程強い吐き気は想定外だった。
    ダカルバジンについては、第6回のサルコーマセミナーでの八尾市立病院の烏野先生の発表で、

    "血管痛以外に、あまり吐き気が強く出るということもなく(今の医療では抑え込むことができます)今後見直されてもいい治療法ではないか"

    "ダカルバジン主体の治療法はジェムザール/タキソテール療法に匹敵する効果があり、また血管痛以外の大きな自・他覚的副作用もないため、今後見直されても良い治療法かもしれない"

    と複数の情報があったので、期待していたのだが。


    こちらの先生からは吐き気が強いと言われており、そのとおりだった。

    こうなると骨髄抑制や脱毛も、かなり覚悟しなければならない。


    今日から2拍3日の外泊。少し落ち着けると良いが。







    パニック症候群

    2019年01月13日 06:44

    初稿2014/2/24

    吐き気と胸が熱いのは、強めのトランキライザーを処方して貰ったら治った。
    心因性のものだった。
    今後の症状の推移に対する強い不安が、吐き気等になって顕れたのだろう。


    明確な形になっていなくても、不安が身体にいろんな作用を及ぼす現象をパッニク障害あるいはパニック症候群と呼んでいる。
    なにも心配する事がないのに、急に呼吸困難に陥る事もあるようだ。

    パゾパニブが中止になった時も、動かずにはいられない焦燥感や右腕が自分のものでないような感覚に襲われている。
    くそ!静まれ俺の右腕!


    あの時は、2ヶ月服用していて当分はこれを飲んでいたら良いと安心していた時だった。
    それが急にストップがかかって、自分が意識している以上に脳が不安に陥ったのだろう。


    仙骨切除の手術後に出た、パゾパニブの時と同じような症状は将にパニックで、
    麻薬でも止められない強烈な痛みに身体が耐えられないと脳が判断したのだろう。



    人間の脳は、何かを考えろという命令を与えなくても、勝手に思考を始める。
    例えば「カン」は、思考を手繰っていくのではなくて、いきなり結論が出てくる。無意識のウチに脳が働いている。

    息子の場合は、一般的なパニック障害の症状と異なる所もあるが、同じような脳のプロセスから来ているのではないだろうか。




    入院〜一日一緒に居られた

    2019年01月12日 07:39

    初稿2014/2/20

    入院した。
    けれど検査のスケジュールは何も入っていない。
    今の症状をキチンと説明しておきたかったので、主治医に時間を取って貰うように頼んだ。

    朝10時に入院して、話ができたのは午後5時半。
    特段こちらから頼まなくても、治療方針への同意と言う事で、必須の面談だった。



    7時間半も待ったのがだ、カミさんはそれでも良かったのだという。

    ウチに居ると、勝手に入ってくるなと中学生のような事を言って部屋に閉じこもっている。
    精神的に非常に辛い状態なのだからと、言うことに従っている。
    今日は一日、息子と一緒に居られたと喜んでいた。


    来週からは分子標的薬でなく、本物の抗がん剤が始まる。




    吐き気がとまらない

    2019年01月11日 06:59

    初稿2014/2/19

    まだ抗がん剤は始まっていないのに吐き気と怠さがある。
    吐き気止めの薬が効かない。
    座っていても怠いという。
    ものが食べられないで、ベッドの上でタオルを被ってじっとしている。

    見ているだけで何もできないのは辛い。
    あのパニックになった夜のように、暴れたり声を上げたりしてくれる方がまだましだと思う。



    すい臓へ転移しているので、すい臓癌の様相も呈してきたのだろうか。

    胸が熱いとも言う。
    肺への転移はしっかり見て貰っていたいたハズなので、新しい転移は無いと思うが・・・。
    すい臓癌に基づく逆流性食道炎って、喉元近くまで感じるのだろうか。

    あるいは吐き気を催す箇所への脳転移なのか。頭痛はないが。




    入院まで間をとって、実家で暫くゆっくりさせてやりたいと思ったのが、裏目になってしまった。



    有るはずが無いのに、こんな事を以前にも考えたような微かな記憶がある。デジャビューか。





    思わぬ散財〜2台の大型テレビ

    2019年01月10日 07:53

    初稿2014/2/17

    実家へ帰ってくる事が決まってから、環境を横浜のマンションに近づけてやろうと息子用に40インチの液晶テレビをネットで買っておいた。

    「終の棲家」ができた時はインチ1万の時代だったが、40インチが5万円台で手に入る。
    年末にはサンキュパで売っていたらしいからインチ千円になった。これではソニーもシャープも赤字になるはずだ。
    それよりは少し良いシャープのAQUOS クアトロン 3D LC-40G7を最後の亀山モデルというので買っておいた。

    ところが彼はより大きな55インチを考えていて、安くなって売れ筋トップになったソニーのBRAVIA KDL-55W900Aをネットで買っていた。


    55インチでゲームをするのか!


    ソレはさておき、行き場のなくなった40インチは些か大きいが私のパーソナル用になり、新しい発見があった。
    P1010218s.jpg
    以前のが26インチだったから面積で約2.4倍になった。下のBDの幅が45センチなのだが、ミニコンポサイズに見える。



    デジカメで撮った画像をこの大画面テレビで見てみると、写真の印象・評価が随分と変わる事に気がついた。

    P1010195s.jpg
    横浜のマンションの外階段から、100メートル程先の京急の踏切を280mmの望遠で撮った。
    どうと言う事のないスナップだが、大画面で見ると京急の赤いボディが迫ってくる。
    少し大きなサイズで掲載したが、とてもその印象からは程遠い。

    これまでも、プログに載せる写真が、モニター一杯にして見ていた時と縮小した時で印象が違った。

    大きさは、色合いやピントと同等の画像評価の要素なのかも知れない。

    これを動画で撮って、赤いボディが左右に流れたら更に迫力があった事だろう。
    一眼カメラの動画機能が当然のようになり、YouTubeにHD動画どんどんアップされる訳だ。






    最後の小説

    2019年01月09日 07:34


    息子の平滑筋肉腫以外の話は、主にこのブログのあいつの事というカテゴリーに書いています。

    本人は平滑筋肉腫とどう向き合っていたのだろうか でも少し書きましたが、
    彼は飛乃剣弥というペンネームで書いた小説や、自作動画をホームページ飛乃剣弥の執筆城で公開し、
    ブログ飛乃雑記Ⅲでは、読者との意見交換や生活・仕事での「オチのある話」を書いていました。





    家へ帰って来てしばらくは、まだ小説を書ける気力がありました。

    2014/2/16に廃墟オタクは動じないという小説の続きを書いてホームページにアップし、その事をブログに書いていました。
    この作品は、肺と腹部の手術が終わった2013/3に書き出されています。
    それまで仕事で時間が取れず1年半休筆していた分まで、取り戻そうと張り切って書き出しています。廃墟オタクは動じない1


    とりあえず入院までにストック分は全部吐き出そうと、頑張ってアップいたしました。
     この三話は比較的寄り道感が強いと言いましょうか。まぁ、本筋とはちょっと離れたところで、キャラを掘り下げてみたいなぁ、と。


     とゆーか、女霧とのイチャラブ展開が書きたいなー! ってそんなコンセプトです。

    はい。
     やー、この二人がこんなに楽しいことになるとは思わなかったですよ、ホント。その分、七ツ橋の方が割を食ってる感じですが、一応彼女がメインヒロインで書き始めていますんで、そんなにキャラを食われたりすることはないと思うのですが……。こればっかりは書き進めてみないと分かりませんな。

    (中略)

     ま、筆の進み具合は、退院後の体調如何に大きく左右されると思いますんで、気長にお待ちくださいませ。
     ではではー。


    (ω)七ツ橋ちゃんとのイチャラブもするんでしょ?

       ……えっ?

    ホームサイトへの案内状

    廃墟オタクは動じない16-18より



    これまでなら2ヶ月で1作のペースで書き上げていましたが、1年近くかかってやっとここまで。
    この続きが書かれる事はなく、未完のままこれが絶筆となりました。




    転院〜西宮病院

    2019年01月08日 07:09

    初稿2014/2/12

    2/10に兵庫県立西宮病院の初診を受けた。

    当初は八尾市立病院に転院する予定だったが、横浜市立大学附属市民総合医療センターから地域連携を通すと、けんもほろろに断られたという。
    応対があまりにも無礼だと、主治医は相当お怒りの様子だった。
    高橋先生を通しても駄目だった。
    マンパワーの不足で新たな肉腫患者を受け入れられなくなっている。

    下見に行った事があるが、建て替えて綺麗になったので、通常の癌患者が集中して来るのだろうか。
    満杯なら、そう言えば良いのに。



    西宮病院は家から約30キロで、電車だと1時間かかるが、車なら阪神高速が混まなければ30~40分で行ける。

    ベッド数から見た規模は横浜市立大学付属市民総合医療センターの半分だが、建物は古い。
    中へ入ると、立て替えが予定されている大阪府立成人病センターとよく似た雰囲気だ。

    休日の谷間で混んでいるかと思ったが、午後3時前に入ってみると閑散としていた。

    問診、レントゲン、採血、ランマーク注射、入院手続きとスムースに進み午後5時に帰宅の途についた。



    受診はスムースだったが、いきなり緩和ケア病棟の話が出てきた。
    ショックだった。
    医者の目から見て、そんなに弱っているのか。
    食は細いが普通の食事ができて、風呂にも入れているのだが。


    亀田病院へ行く時には中継基地になるからと、生活できるよう大部分の荷物を残してきたが、
    もう横浜の棲家を見るチャンスは無いのか。



    ダメージを受ける前に抗がん剤を止めなければ。




    素晴らしい病院の許せない医者 その2 

    2019年01月07日 05:41

    初稿2014/2/3

    昨年一月、腹部腫瘍切除手術の退院の前日、消化器センター大島貴准教授(当時)が息子のベッドに来て
    「30にもなって親に付いて来てもらうのか」などと、1時間も動けない患者にパワハラいやドクハラした。
    手術後で弱っている患者に対して、言語道断の卑怯な行為である。
    流石に温厚な息子も腹に据えかねて、もう2度と目の前に現れない事を約束して欲しいと言った。

    消化器センターの大島貴准教授には、以前からもこのような精神的苦痛を与えられてきた(詳細は後日)。
    こんな医者に手術されるのかと、心配になって他の医者に聞いてみたら、
    「あの人は病棟を担当していないので手術はしません」と言われた。

    病棟を担当しないと言う事は患者を受け持たないという事で、手術の執刀医にはならない。
    通常は、妊娠した女医さんのような、負担を一定期間軽減させたい人に適用される。
    術前説明や、切除した腫瘍を持ってきて説明してくれたのは別の医師だったから、当人が執刀していないのは明らかだ。

    しかし、直前まで自分が手術するような口ぶりで、平気で嘘をついていたし、
    更に、これは今回、呼吸器センターからの問い合わせで明らかになったが、カルテには彼が執刀したように書かれている!!

    医師の術歴詐称。ドクターXの世界が現実に起こっていた。

    手術をしない 外科医が、転勤がないと自慢する。
    当たり前だ、そんなお荷物の外科医をどこの病院が迎えるものか。

    いろんな手術をした事にして、論文を数書いて教授になりたいのだろうか。
    この病院にこれ以上世話にならなくてすむなら、傷害事件として裁判沙汰にしてやろうかと思った。
    勝ち負けは関係ない。事実が明らかになれば多小なりとも奴の目標にマイナス因子を付けてやれる。



    ここで手術出来ないのであれば、キュア・サルコーマ・グループで手術してもらえるように、T先生にお願いした。
    しかし、片肺での手術は麻酔医との連携が取れていないと、橋渡ししてもらえなかった。
    今更ながら、横浜市立大付属市民総合医療センターのレベルの高さを思い知らされた。


    そんなこんなで鬱々とした年末年始の後、突如あの緊急手術が入った。

    術後の回復が、一年前とは違ってはかばかしくない。   
    いくら個室に入っていても病院にプライバシーは無い。ずっと緊張が続いていて回復を遅らせている。
    明日でようやく退院後一週間だが、この間2回の外来があり、その上この週末には大阪へ移動しなければならない。
    もう手術は無理だ。

    もし横隔膜に付いた腫瘍の摘出手術を受けていたら、今回の仙骨切除の手術は無かっただろう。
    どちらが良かったのか。
    仙骨切除はQOLの維持向上を目的とするもので、今後長く生きられないと値打ちがない。


    人生万事塞翁が馬である。



    DSC01307s.jpg
    ランドマークタワーからベイブリッジまで横浜の街を一望に出来る。
    右端はベイブリッジの手前で湾岸線に合流する首都高神奈川3号線で、病室の真下を車が音も無く流れてい
    (左へスライドすれば全体が見えます)





    大雪の首都圏脱出

    2019年01月06日 07:21

    初稿2014/2/8

    大雪の中、横浜から大阪へ帰ってきた。

    都心のビジネスホテルに居るとそれ程でもないが、上大岡から向こうへ行くと本当に雪が降り積もっている。
    16年ぶりの大雪とマスコミが騒ぐだけの事はある。
    零度付近で吹雪かれると、眼鏡やマスクの間から雪が入ってきて本当に冷たい。

    新幹線も徐行運転で60分の遅れを出しているし、定常運転とされていた京急も遅れが出てきて、
    電光板の案内に発車時刻が点いていない。

    これで予約した便が飛ぶのか、昨夜から気がかりだった。

    JALは11時で早々に全便運休になった。
    LCC並みの効率最優先の運行をしていたから、一カ所で破綻すると機材の融通ができなくてシステムがシャットダウンしてしまう。

    ANAも10時の便が運休になったが、以後11時から14時まで4便を粘って遅れながらも運行してくた。全便運休は15時だった。
    羽根に積もった雪を、水を噴射して除雪するのを初めて見た。
    大雪の横浜を辛うじて脱出する事ができた。これで明日一日ゆっくり休養して、次の治療に備える事ができる。



    横浜の街に別れを告げたかったが、あいにく離陸直後から着陸まで殆ど雲の中で何も見えず、
    食後のスパークリングワインにうとうとしていたら、あっという間に降下を始めた。

    大阪は3℃の雨だったが、かなり暖かく感じた。


    P1010214-1s.jpg
    京急黄金町駅のガード上から大岡橋方面、大学病院のある海側を望む。
    雪化粧した姿は一昔前の札幌の街のようだ。


    PS.帰宅後テレビを見ていると、京急全滅、新幹線2時間の遅れ、東京の積雪23センチで20年振り、ANA,JAL共9日早朝の
    便も欠航と、脱出した時はまだピークを迎えていないかった。

    じゃらんでホテルを検索したら、ただでさえ部屋が空いていない土曜日に、脱出できなかった客がトッと入ったようで、横浜の全ホテルが完全にSOLD OUT。念のためと今朝予約しておいたホテルを、伊丹からのタクシーの中で解約しておいて良かった。




    素晴らしい病院の許せない医者 その1

    2019年01月05日 07:01

    初稿2014/1/28

    本日17日間の入院を終え、退院しました。



    横浜市立大学は二つの付属病院を持っている。
    その内の浦舟町にある市民総合医療センターに一昨年の10月以来ずっとお世話になっている。

    普通の病院では人を人扱いしない医者やスタッフが多い。況んや大学病院において。
    ところが、ここは治療面でも、看護面でもこんなにやってくれる病院があっていいのか、と思うくらい患者に良くしてくれる。しかも技術レベルは非常に高い。

    A先生には、始めのうちは転移が気になるので、無理を言って頻繁にPET-CTを取って貰った。転位後は逆に回数が減って結果的に年間の規定回数に収まったが、融通を利かせて貰えたのは有り難かった。
    また粒子線を検討した時は、転勤前の忙しい時に3箇所も同時に照会して貰った。

    自家がんワクチン用に、摘出した腫瘍の提供を御願いしたら「組織は患者さんのもの」と快く出してくれた呼吸器センターのI教授。

    診察待ちが長くなった疲れて来た息子に、処置室のベッドが空いたから暫く横になりなさいと言ってくれる婦長さん。
    狭い個室で一晩中付き添いしていたら、緊急用のベッドを出してくれた看護師さん。

    今回、日曜日に急患で駆け込んで、即日緊急オペしてくれた整形外科のI先生。
    転位した患者はなかなか手術して貰えないのに。

    自分の治療方針と異なっていても、患者の希望を取り入れてくれた主治医のM先生。

    精神科のM先生は、バニックの発作の事を心配し、調合を変えた薬を自ら14階まで運んでくれた。

    食事は2種類のメニューを選べるが、それでも手をつけないと更に別メニュを提案してくれる。

    痛みのケアだけでなく、心の緩和ケアのスタッフも付いている。


    書いてたらキリがないので、これくらいに。


    さて、12/18に横隔膜に2センチの新たな転移を告げられた件の続きを。

    左側の全摘出した肺の下で他の臓器と接触していない。場所も身体の外に近いので簡単に手術できるのではないか。と思って手術を希望した。ただ場所が呼吸器ではないので、消化器センターマターとなった。


    しかし、消化器センターの大島貴准教授(当時)からの答は思いもよらぬものだった。

    「以前トラブルがあり、ここで手術しないのがお互いに良いのではないか」

    冗談じゃない。向こうが一方的に起こしたトラブルで、こちらは被害者なのに。

    この人の事は書くのが苦痛でこれまで避けてきたけれど、何時までも避けてはいられない。

    次回にでも。


    DSC01329s.jpg
    14階のデイルームからの夜景はすばらしい。
    この夜景に何度癒やされた事か。

    左側に連なる4人部屋は、壁1面がガラス張りになっていて同じ景色を楽しめる。
    右側には全棟で6室しかないバス付の特別室があり、関係者外立ち入り禁止ゾーンになっている。
    特別室と言っても慶応や慈恵医大の料金とは桁が違うので、楽な病気なら入ってみたいと思う。


    [NEX-5R+Vario-Tessar T*E 16-70mm F4]





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